宮崎市街から北へ車で1時間ほど、日向市の海沿いに美々津という集落があります。耳川が日向灘に注ぐ河口の右岸に開けた小さな港町で、路地に足を踏み入れると、江戸末期から明治期にかけての町家が今も軒を連ねています。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている、宮崎県内でも数少ない歴史的町並みのひとつです。

耳川の水運が生んだ港町

美々津が港として力を持った理由は、耳川という川の存在にあります。耳川は上流の山間部から木材や木炭を運び出す水路として使われ、その積み出し港が河口の美々津でした。江戸時代、この港は高鍋藩(現在の宮崎県児湯郡高鍋町一帯を治めた藩)の上方交易港として機能し、木材や木炭を積んだ廻船(貨物船)が大坂へと向かいました。

廻船問屋とは、船を仕立てて荷物の輸送や取引を仲介した商家のことです。美々津の廻船問屋は、上りの船で木材・木炭を大坂に運び、帰りの船で上方の特産品や工芸品、そして京都・大坂の町家建築の様式を持ち帰りました。山あいの木材が海を越えて都の暮らしと結びつき、その富が小さな港町に蓄積されていった、というのが美々津の成り立ちです。

町家に残る上方の技と、火事と戦った町割り

美々津の町並みを特徴づけているのが、京都・大坂から伝わった建築の意匠です。江戸末期に建てられた町家は妻入り(建物の三角の妻側を通りに向けた造り)で本瓦葺き、壁を厚く塗り込めた大壁造りが多く見られます。明治期になると平入り(棟と平行な面を通りに向けた造り)で瓦葺き、そしてむしこ窓(虫籠窓)や格子を構えた町家が増えていきました。むしこ窓は、土蔵や町家の2階部分に設けられた、格子状の小さな窓のことです。防火や採光を兼ねた意匠で、京都の町家でよく見られる特徴が、遠く離れたこの港町にも根づいています。

美々津は江戸時代を通じて何度も大火に見舞われた記録が残る町でもあります。1687年、1705年、1729年、1758年と大規模な火災が続き、そのたびに多くの家屋を焼失しました。その経験から、町には「ツキヌケ」と呼ばれる防火路が設けられ、3本の主要な通りとあわせて町割りを形づくっています。細い路地を歩くと不意に抜け道が現れるのは、この土地の人々が繰り返す火事と向き合ってきた跡です。

国の重要伝統的建造物群保存地区として

美々津の町並みは1986年12月8日、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されました。重伝建とは、都市計画法に基づいて市町村が指定した「伝統的建造物群保存地区」のうち、特に価値が高いとして国が選定する制度です。美々津は「港町」という種別で選定されており、面積は約7.2ヘクタール。九州の重伝建は港町・宿場町・武家町など種別を問わず数十地区あるなかで、廻船問屋の町並みがこれほどまとまって残る例は多くありません。

選定から40年近くが経ちますが、美々津は観光地化が進みすぎていない点も特徴です。町家の多くは今も住民の暮らしの場であり、土産物店や案内看板が連続する観光地とは違う、生活に根ざした静けさが漂います。石畳の路地を歩けば、格子越しに家の奥まで光が届く様子や、白壁の土蔵が路地の角に立つ様子を、そのまま目にすることができます。

神武東遷の伝承と「お舟出だんご」

美々津には、もうひとつ大きな物語が伝わっています。神武天皇が大和(奈良)へ向けて東へ旅立った、いわゆる神武東遷の出発地のひとつとして語り継がれてきた土地だという伝承です。これは考古学的に確認された史実ではなく、あくまで地域に古くから伝わる言い伝えとして受け止められています。

港を見下ろす立磐神社には、神武天皇が腰を掛けたと伝わる「御腰掛岩」が残ります。社伝によれば、東遷の船出にあたって航海の安全を祈り、海上を守る三柱の神を祀ったことが始まり。後の景行天皇の時代に創建されたと伝えられています。

町にはもうひとつ、素朴な言い伝えがあります。船出の日が予定より一日早まり、住民たちは慌てて、用意していた米と小豆をつき混ぜて団子をこしらえ、天皇に献上したというものです。この団子は「つき入れ餅」または「お舟出だんご」と呼ばれ、今も美々津の郷土菓子として作られています。地名の一つ「立縫」も、この時に衣のほころびを立ったまま縫ったという故事に由来すると伝わる名です。旧暦8月1日にあたる時期には、住民が互いに早起きを促し合う「おきよ祭り」も受け継がれています。

静かな町を歩くために

ここだけは守ってください。美々津の路地は観光用に整備された歩道ではなく、今も住民が暮らす生活道路です。家の玄関先やガレージ前での長時間の撮影、私有地に見える路地や庭先への立ち入りは避け、朝夕の生活時間帯は特に静かに歩くことを心がけてください。ゴミの持ち帰りや、車の駐停車は指定の駐車場を使うことも基本的なマナーです。

町並みだけを歩くなら、車なら流し見で10分ほどですが、路地に入り込んでじっくり見て回るなら1時間ほど見ておくと安心です。JR日豊本線美々津駅からは徒歩で25分ほど、車やタクシーなら5分ほどの距離。宮崎市街からは車で1時間前後、日向市駅からは車で約20分、東九州自動車道の日向インターチェンジからは車で約10分の距離。駐車場は美々津海岸の観光駐車場が無料で使えます。

日向市には、断崖の絶景「馬ケ背」や、上空から見ると十字に見える岩礁「クルスの海」といった日向岬周辺のスポットもあります。美々津からは車で30分ほど。町歩きに1時間、日向岬の見学に1〜2時間を見込めば、移動時間を含めても半日程度で両方をまわれます。